建築家の作品と人物像に迫る映画「アアルト」が10月13日(金)から公開

映画公開前に来阪したヴィルピ・スータリ監督

今年生誕125周年を迎えるフィンランドを代表する建築家・デザイナーのアルヴァ・アアルト。シンプルで洗練されたアアルトベース(花瓶)やグラス、椅子などの作品をご存じの方も多いはずだ。アアルトの建築物や妻との手紙のやりとり、同世代の建築家らのコメントを通して彼の作品や人物像に迫る映画「アアルト」が10月13日(金)から公開される。公開直前に、映画を監督したフィンランド出身のヴィルピ・スータリが来阪し、生き生きとエネルギッシュに語った。

 

アアルトは何者でなぜ心に留まり続けるのか

―まず、アアルトの映画を撮ることになった経緯を教えてください。

(C)Aalto Family

世界が新鮮だった子どものころ、アアルトが設計した図書館で過ごしていたんです。子どもながらに「これは普通の建物ではない。すごくスペシャルなものだ」と思っていました。私が住んでいた街は、冬はすごく寒くてマイナス20度~30度になるのですが、図書館のアイコニックなドアノブを開けた瞬間から「これは私のリビングルームだ」と感じたんです。レンガの壁や革の椅子、美しい真鍮のランプに囲まれて本を読んだりしましたが、とても居心地が良くて、官能的な経験でした。

だからこの映画を作る過程は、なぜアアルトが私にとって特別で心の中に留まり続けていたのかを発見することでした。私の両親はアアルトのことを尊敬していて、彼の話をよくしていました。私たちが住んでいた街は、自然は豊かですが、かつて戦争で破壊され焼かれた醜い街で、そこから復興するために急いでアアルトを含む建築家たちがビルを建て、美しい街に変えてくれました。戦争で傷ついた人たちの尊厳を取り戻してくれたんです。

私は30年間ドキュメンタリーフィルムを撮り続けています。建築家ではありませんが、なぜアアルトの建物について深く感じたのかを掘り下げ、彼は一体何者だったかを知る必要がありました。アアルトはフィンランドでは有名ですが、どんな人物かを知る人は少ない。リサーチを進めていく上で、アアルトと彼の最初の妻・アイノの往復書簡を読み、本当に面白い物語を発見しました。「OK! これで映画が作れる!」と思いましたね。

 

―膨大な資料があったと思いますが、どのように作品につなげていったのでしょうか。

それはものすごい資料の数でした。どうやったか自分でも分かりません(笑)。4年間たずさわり、そのうちの2年はフルタイムでかかりきりでした。文化の研究に近く、それぞれの歴史や物語がある建築について勉強もしなければいけませんでした。ロックフェラー財団や国連のものなど、世界中のアーカイブにアクセスし、研究者同士のつながりの糸をたぐり寄せ、フィンランドだけでなく色々な国の人にインタビューしました。一番重要な資料は手紙や写真などアアルトの家族が持っているアーカイブで、家族との信頼関係を築き上げた上で、非常にデリケートな資料を貸してもらうことになりました。ただ、あまりに大変な作業で映画の編集者は神経をやられ、すっかり参ってしまったんです。でもおかげでこの作品は“フィンランドのアカデミー賞”といわれるユッシ賞で編集賞を(※音楽賞も)獲得しました。編集者は非常に喜んでいて報われましたね。

(C)FI 2020 – Euphoria Film
(C)FI 2020 – Euphoria Film
(C)FI 2020 – Euphoria Film

 

―中でも大変だったことは?

建築物は動きませんし、アアルトをはじめ登場人物も皆故人です。それをどう映画にするかには、自然で流れるような物語性が必要です。物語を生き生きとしたものにし、過去のほこりを振り払って映画性をどう持たせるのか。大挑戦でしたが、自分を信じ、関係者がこう話した、ああ話したというような記録映画にするのではなく、語りを入れました。ナレーションは一人ではなく多人数にし、アアルトが映画の空間の中に存在しているように心を砕きました。

 

―アアルトの妻アイノは、アアルトにとって、また映画にとっても重要人物として描かれています。

(C)Aalto Family

フィンランドでもそこはあまり知られていないんです。二人はとても若いころに建築家として出会い、仕事を始め、モダニズムやバウハウス・ムーブメント(無駄な装飾を省いたシンプルで機能的な芸術を追求する運動)などを知ってかかわり、自分たちの作品を発展させていきました。アアルトの建築物の基本的な土台となるものを、特にインテリアはアイノが担当し、二人で作り上げていきました。それはバウハウス・ムーブメントの「アートは全体的なものであるべき」だというイデオロギーからきています。アイノは優秀なクリエーターでもあるということをこの映画で伝えたかった。それはアアルトの二番目の妻、エリッサについても同じです。

 

―映画作りを通してアイノはどういう人物だと思いましたか。

すごく知的で並々ならぬ審美眼の持ち主でした。アアルトは、まず何かを作ると必ず一番にアイノの意見を聞いたんです。彼女は静かで観察者でもありました。一方、アアルトはすごく外交的で魅力的でしたが、もし彼が夫だったら、私にはありえないタイプです(笑)。二人は愛し合っていましたが、問題も多かったようです。特にアアルトは、二番目の妻のエリッサには、自分の好きな髪形や洋服を着るよう指示していました。そこは信じられないんですが、あまりにもチャーミングなので、私も映画を作っている過程で彼に恋をしましたね(笑)。

アイノは100年前の女性なのに、現代の女性に通じるモダンさがある。建築家であり、大工でもあり、家具会社を運営し、母親であり、妻であり、様々なアイデンティティーを自分でマネージメントできる人でした。すごく刺激的な存在ですよね。私の夫もアーティストなので、すごくつながりを感じました。でも私の夫は素晴らしい人で、アアルトのようではありませんよ(笑)。彼は俳優で、本作ではアアルトの声を担当しています。

 

人間をジャッジせず、ありのままを描く

―アアルトが映画で言っていた「建築は個性を持たなければいけない」という言葉が印象に残りました。残念ながら日本では、個性のないのっぺりとした同じような建物が増えていますが、フィンランドではそのアアルトの信念や精神は次世代に受け継がれていますか。

(C)FI 2020 – Euphoria Film

フィンランドでもそういう個性的ではない紋切り型の建物はあります。時として、建物をスタンダード化することには必然性もあります。アアルトは「スタンダード化を基本としながらも柔軟であるべきだ」と言っていました。景色や光の移ろいを計算しながら建物を自由自在に変えるのが彼のスタンスでした。

アアルトの信念や精神が引き継がれているかは、イエスとノーの半々です。若いアーティストが作る木の温かみを生かした建築物も増えていますが、お金のために建てられた、個性がなく部屋に自然光が入らないようなひどいアパートメントもあります。

 

―アアルトは晩年、アルコールの問題を抱えていましたが、自分は時代遅れだと感じていたのでしょうか。

アルコールの問題はフィンランドでは一般的で、珍しいことではないんです。私の父もそうでしたし、私の友達の父親もそう。さほど重要な問題ではないのです。それを映画に入れたのは、彼の人間らしい一面でもあり、問題でもあったからです。特に晩年は、若い世代とコミュニケーションが取れなくなって、昔は先鋭的だったのに、晩年は恐竜の生き残りのように思われていました。彼は自分のバブルの中にこもってしまい、飲酒がもっとそれを悪化させました。ドキュメンタリー映画を撮る時は、正直でなくてはいけません。この作品は建築物を描くと同時に人間を描いています。私は描く人々を聖人君子のようにはしたくはありません。そういう映画もありますが、私はしたくない。ドキュメンタリーは愛すべき分野で、人間をジャッジせずに、ありのままを描くもの。それが、私が仕事を愛するゆえんです。アアルトは「自分の建築物は人間の悲劇であり、コメディーでもある」と言っていました。それも映画で伝えたかったのです。

 

シネ・リーブル梅田、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで10月13日(金)から公開。

映画「アアルト」公式HP

https://aaltofilm.com/

 

取材・文 米満ゆう子




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カテゴリ: エンタメ